一月三日の日記「新年の初散歩」で正月の松が取れてから
初詣に行くと書いたが、今日一月八日に初詣に行った。
朝9:30am頃に、自転車で出かけた。
去年の御札と御守りを納めて新しい御守りを買うために
鶴ヶ岡八幡宮だけを参拝して直ぐに帰って来るつもりだったが、
いつものように寄り道の度合いが過ぎて、
「荏柄天神社」「鎌倉宮」「瑞泉寺」も参拝した。
私には運動しなければいけない事情が出来てしまったが、
少しばかりの運動にはなった。
つまらない写真が74枚も有って 長ァ~~い ので、
面倒な場合は こちらの→スライド写真 をご覧ください。
.
先ずは海岸へ出て、今日は富士山が見えるかを確認。
01) 今日は富士が見える_材木座海岸から
安物カメラでズームアップ機能はデジタル式だけだからボヤけているが、
光学ズームカメラならばクッキリ写るのだろう。
.
02) 今日は富士が見える
伊豆半島の山にも雪がある。
.
-----------------------------
鳥居の上には、白い鳩がとまっている。
.
202) 太鼓橋
現在は通行不可だが、昔は この橋を渡ってもよかった。
ゴム底靴ならば登れたが、革靴では滑って登れなかった。
.
203) 参道
露店の左裏手が、「神奈川県立近代美術館」本館。
.
204) 露店
右から左へ ’ハッカパイプ’ だけど、
左から読んで決して ’ パイプカット ’ と読み間違えないように!
.
修復事業の一環で、ここも綺麗になった。
.
.
207) 「舞殿」(海側から見る)
修復事業の一環で、手前の ’ 屋寝つき構造物 ’ が追加された。
舞殿屋根の優美な破風の曲線が見られなくなってしまったのと
どの御神体が対象なのか?と私が首を傾げてしまった賽銭箱も設置。
例えば ’ 静の舞 ’ などの演目を、
海側のこちら側からは見づらくなってしまった。
奉納のために本殿の山側に向かって舞うから、
海側から見えなくともよいということなのだろうか?
.
208) 「舞殿」舞台
.
209) 「舞殿」軒
.
210) 「舞殿」本殿が鎮座する山側から見る
.
211) 大銀杏と本殿の階段
.
212) 大銀杏前
今日はリスが観られなかった。
以前に撮ったリスの写真は→ココにあります。
.
何故だか自分としても不思議で、何段あるのかを覚える気も無いし数えたことも無い。
.
214) 本殿正面
扁額 ’ 八幡宮 ’ の「八」は鳩の絵。
この地へ建てられる以前は、
鎌倉市材木座の ’ 元八幡 ’ バス停の少し奥にあった。
今でも小さな社がひっそりと建っているが、
観光客が訪れることは僅少。
私が乗るバスの通り道であっても、
私ですら『元鶴ヶ岡八幡宮 _ 由比若宮 』を意識する時は稀。
.
残念ながら「静の舞」のデジタル写真は無いのだけれど、
ここで行われたコンサートの写真は → ココにあります。
.
.
.
ここ以外にも「白旗神社」なるものが存在する。
近隣の鎌倉市西御門(にしみかど)’ 源頼朝墓所 ’ 入口左側にも在る。
藤沢市白旗にも在る。
.
手前は水鳥だが、奥は 氷の上の鳩。
.
220) 氷上の鳩
.
221) 源氏池の水鳥
今日は、亀を観られなかった。
.
.
奥の中之島は「旗上弁天社」。
.
.
225) 旗上弁天社
.
近隣の ’ 巨福呂坂(こぶくろざか)’ 手前に別館が在るが、
何故か?最近 葉山町にも別館が建てられた。
我が逗子市に建てるべきだろうグヮァ!
鎌倉市と葉山町に挟まれた逗子市は いつもスルーされる!
’ 日本遺産 ’ 級の原始の森「池子の森」が、アメリカ軍施設に蹂躙されて悔すぃ!
-------------------------
初詣に鶴岡八幡宮だけ参拝して
古い御札を納めて 新しい御守りを買うのが目的だったけれど、
まだ10:00am前だし ここから自転車で5分程度の距離なので
「荏柄天神社」も参拝した。
.
301) 荏柄天神社
.
.
.
横山隆一、小島功 らの有名漫画家・画家によって建立された。
.
無用な解説を書きますが、これは「筆」ですヨ。 ’ アノ ’ 道祖神ではアリマセヌ。
.
.
レリーフは、同じ題材「かっぱ」で 各作家による作品。
---------------------------
荏柄天神へ参拝したのならば
目と鼻の先のここを参拝しなければ申し訳ないと思って、
「鎌倉宮」にも寄った。
私にとっては「大塔(の)宮」の呼称の方が慣れ親しい。
’ 太平記 ’ での護良親王が幽閉されたといわれる土牢が有る所。
.
401) 鎌倉宮(大塔宮)
.
’ 右横の石 ’ へ投げるべきところを、私は説明よく読まずに
背後の板へおもいっきり投げて大きな音をたてた。
次の人がチャンと石へ投げたのを見て、
説明を読み返してみたら とても恥ずかしかった。
-------------------------------
’ 鎌倉宮 ’ を左に曲がってズゥ~っと進むと「覚園寺(かくおんじ)」、
右に曲がってズゥ~っと進むと「瑞泉寺」。
去年まで連続6年間の巡礼で
毎年8月10日早朝に覚園寺を参拝するために鎌倉宮前を通ったが、
同日早朝に巡礼箇所ではない瑞泉寺へも行くことはなかった。
・・・そんなこともあって、
寄り道ついでに「瑞泉寺」も参拝することにした。
.
途中の「永福寺跡」を撮った。
もう10年以上も前になるのだろうか、
発掘調査中に ここを観るだけの目的でここを訪れた。
鎌倉時代の歴史に於いて重要な場所なのだが、
今の私には歴史への興味も薄れて、
瑞泉寺へ行く途中の場所としか思わなくなってしまった。
(他県にも ’ 永福寺 ’ が在るので、検索の際に注意)
.
501) 永福寺跡(ようふくじ あと)
.
502) 永福寺跡(ようふくじ あと)
.
503) 永福寺跡(ようふくじ あと)
発掘調査後の現在は、埋め戻されて?単なる草ボウボウの土地。
----------------------------
TVや雑誌で ’ 庭園の花が美しい寺 ’ として有名だが、
去年も 花が咲き誇る時期に来なかったにも拘らず
花が咲いてない冬の朝に来る私は天邪鬼か?
.
601) 瑞泉寺
.
602) 入口から
駐車場も有るが 私は車で来る必要は無いけれども、
来客車を車で案内したほうが喜ばれるであろう状況であっても
途中の道が狭い ’ という誤った思い込みが強い ’ ので
何故か? 車で行く気がしない ・・・ ・・・
・・・ ・・・ そうだ そうだ 理由はコレだっ!
夏になると 近隣住民さま丹精の賜物 が私の目を楽しませてくれる場所の道路。
今でこそ暗渠(あんきょ)になって充分にクルマがすれ違える幅になって久しいが、
遥か以前は苔生す鎌倉石の 川というのか広く深い側溝だった。
歩行者からみると「なにビビっているんだヨッ」と言いたいでしょうが、
車高の低い右ハンドルのクルマを左の側溝へ寄せるのはイヤだった。
現在もコノ状態との ’ 誤った思い込み ’ だナ。
.
.
604) 石碑
.
.
606) 谷戸(やと)の遠景
しまったァ! 紅葉の時期に来ればよかった!っと思った。
ここ一帯の谷戸は「紅葉ヶ谷(もみじがやつ)」だった!
吉田松陰は4度ほど瑞泉寺を訪ねたそうだ。
浦賀でペリーの船へ密航を企てる前にもここへ立ち寄ったと言われている。
615) 境内から本堂を観る
625) 境内からの眺望(○内は富士山だが、写っていなかった)
こんな奥まったところから富士山が見えることは あまり知られてない。
境内の藤棚が在る所から見えることを知る者は、かなりの通。
創建当時は 山の形状や木の立ち方も今とは異なるであろう事を
鑑みれば、もう少し 富士の下方も見えたのでは?と思う。
627) 夢窓疎石作の庭(右回り1)
628) 夢窓疎石作の庭(右回り2)
629) 夢窓疎石作の庭(右回り3)
630) 夢窓疎石作の庭(右回り4)
-------------------------
----------------------------
801) 鶴岡八幡宮のお守り(自宅で撮った)
.